テーパリング(量的緩和の縮小)は株価にどう影響するのか?
Aventure編集部
FRB(連邦準備制度理事会)は、2021年11月のFOMC(連邦公開市場委員会)にてテーパリングを2021年11月中旬から開始することを決めました。テーパリングとはFED(アメリカ中央銀行)による、国債とMBS(住宅ローン債券)の買い入れ額を縮小することを指します。毎月1,200億ドルの購入額を毎月150億ドルずつ減速し、2022年6月ごろには債券購入額をゼロにする計画です。2013年に当時のFRB議長であるベン・バーナンキがテーパリングを示唆した際、株価は暴落しました。果たして、2021年から開始するテーパリングは株価にどれほどの影響を与えるのでしょうか。
テーパリングが株価に与える影響
バーナンキが引き起こした株価の大暴落
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2013年5月、当時のFRB議長ベン・バーナンキは突如としてテーパリングを公言。その結果、株価は急落してアメリカの長期国債金利は2.02%から3.00%へと急上昇しました。これはリスク資産である株式が大量に売られ、安全資産であるアメリカ国債に投資家が手を伸ばしたことを意味しています。この例を見ても、テーパリングが株価下落の要因となっていることがわかります。
しかし、2021年11月の声明文では株価に大きな変動は起こりませんでした。これはFEDが長い時間をかけ、テーパリングの実施を市場に浸透させたことが背景にあります。すなわち、2013年は突如としてテーパリングが示唆されたことで市場に混乱が走りましたが、今回はすでに株価に織り込まれていたため、大きく動くことはなかったということです。しかしテーパリングが理論上、株価の下落圧力を助長するものであることは間違いありません。
このテーパリングとはいったい何なのでしょうか。
中央銀行が国債を購入する意味と株価の関係
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テーパリング(tapering)は先細りを意味します。蛇口を締めるように、少しずつ流量を減らすことです。中央銀行が一般の銀行に貸し付ける金利の政策金利が限りなくゼロに近づくと、金利を引き下げる余地がありません。それでも景気の回復見込みが立たないため、中央銀行は量的緩和策を打ち出しました。量的緩和策は国債や住宅ローン担保証券などのリスク資産を中央銀行が買い取り、市場にマネーを供給します。
テーパリングは中央銀行が買い取るリスク資産の量を少しずつ減らし、最終的にゼロにするものです。
一般的に債券(国債)の金利が下がると、債券価格そのものは上昇します。中央銀行が国債を大量に購入すると債券需要が高まって価格は上昇し、利回りは限りなくゼロに近づきます。そうすると債券価格は上がりきってしまって利回りも低いため、うま味が失われます。多くの投資家は債券を購入するインセンティブを失います。
結果として債券と真逆の動きをする株式が買われます。つまり、中央銀行が国債を購入すると、理論上は株価が上昇します。テーパリングは中央銀行が国債の買い取りをやめることなので、株価は下がるということです。
テーパリングへと至った背景
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なぜ、新型コロナウイルス感染拡大の影響が色濃く残った今、テーパリングを実施するのでしょうか。
中央銀行が緩和策や引き締め策を実施する目的は、物価と雇用の安定です。物価が上がって雇用が安定してくると引き締め策を行い、物価が下落して失業者が増えると緩和策を実施します。このタイミングで引き締め策の一種であるテーパリングを実施するということは、アメリカは物価と雇用が安定してきたということになります。
アメリカの2021年9月の非農業部門雇用者数は19.4万人増で失業率は5.20%から4.80%に改善されました。デルタ株の感染拡大で8月の雇用情勢は安定しませんでしたが、企業の人手不足は深刻になっています。労働省による7月の雇用動態調査によると、非農業部門の求人件数は過去最高の1,090万件だったのに対し、採用数は670万人に留まりました。アメリカは部分的に行動制限が課されてはいますが、コロナの一時的なダメージから回復して経済は成長へと向かっています。
2021年10月のアメリカの消費者物価指数は30年ぶりに高い上昇率となりました。前年同月比で6.2%上昇したのです。食品、燃料価格の上昇が物価を押し上げています。これは明らかにコロナからの経済活動の立ち直りを示すもので、急速な回復に供給が追い付かないことが背景にあります。バイデン大統領はインフレの抑制が最優先課題としていますが、FRBは一時的なものだとして金利の引き下げは行わない見込みです。長い時間をかけてテーパリングを示唆し続け、雇用と物価がちょうど良いタイミングで安定してきました。正に今が実施する時だというわけです。
もし、実体経済が回復すれば、必然的に株価は上昇します。テーパリングを実施していたとしても、好景気であれば原理的には株価は上昇します。つまり、テーパリングの株価下落圧力を実体経済が上回るということです。
日本も避けられないテーパリング
話をアメリカから日本に移します。アメリカでのテーパリングは日本株に大きな影響を与えませんでした。何かしらのショックが起こらない限り今の無風状態は続くでしょう。しかし、テーパリングはアメリカだけの問題ではありません。量的緩和を続けている日本でも将来的に実施されます。タイミングの問題です。
日本の異次元緩和
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日本銀行は2013年4月の金融政策決定会合にて金融政策の操作対象を金利から資金供給量へと広げました。更に質にも配慮して長期国債やETFのリスク性資産の買い入れを拡大します。これがいわゆる量的・質的緩和策です。第2次安倍内閣がデフレ脱却を目指して大胆な金融緩和を打ち出し、日本銀行がそれを実施しました。消費者物価の前年比上昇率2%という目標は今でも日本銀行が追いかけており、金融緩和継続の旗印となっています。
更に2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的緩和策」を導入しました。日本銀行に預けている当座預金の金利を一部マイナスにすることによって市場にマネーを供給し、更に大規模な国債購入を実施するというものです。
何が何でもお金を貸す必要に迫られた銀行
これが何を意味するかと言えば、一般銀行は手持ちの資金を企業または消費者に何が何でも貸さなければならないということになります。通常、銀行は日本銀行に預金をしたり、国債を購入することで利回りを得られました。しかしこの金融緩和によって、日本銀行に預ければ金利はマイナスとなり、資金は目減りします。しかも、国債購入による利回りはほとんど得られません。
メガバンクの住宅ローン金利は0.4%から0.6%ほどです。1980年代後半の日本のバブル期は8%前後まで上昇したと言われています。そのころと比較して1/10以下の低金利に抑え込まれているのです。消費者は金利が低いために、多少価格が高い土地、家屋でも購入しようという気運が高まります。消費者が買えば不動産会社、建築会社は儲かります。業績が上がれば株価も上がります。それこそが日本銀行の狙いです。
日本株が官製相場と呼ばれる理由
日本銀行は大量の日本国債、ETFを購入しています。ETFとは上場投資信託のことで、間接的に株式を購入することです。つまり、今の日本の株式相場は日本銀行に支えられていると言っても過言ではありません。債券を購入することで機関投資家に株式の購入を促し、ETF購入によって株価を上昇させていることになります。金融緩和前の2012年末の日経平均株価は1万395円。金融緩和後の2013年末は1万6,291円と56.7%上昇しました。そして2021年10月末は2万8,892円へと77.3%上昇しています。官製相場と言われる所以がこれです。
日本がテーパリングを実施する日
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アメリカを追いかけるようにして日本がテーパリングを実施することはあるのでしょうか? 現時点ではその可能性は極めて低いと言えます。理由は雇用と物価の安定です。特に日本は物価が上がらず、デフレから立ち直ることができていません。
2021年9月の日本銀行の物価目標となっている生鮮食品を除く総合指数は、前年同月比でプラス0.1%となりました。生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は前年同月比でマイナス0.5%となっています。日本銀行は目標として掲げる消費者物価の前年比上昇率2%にはほど遠い状況です。日本銀行が緩和策の出口で意識するのは、この目標です。物価上昇率が高まってきたというデータが出たときは身構える必要があるかもしれません。
債券と株価の関係
金融緩和が株価に影響を与えることの理解を深めるため、債券と株価の関係を説明します。
やっかいなのは、債券価格と金利の関係です。金利が上がると債券価格が下がるという関係がポイントです。金利差と価格の関係は理論上は極めて難解ですが、考え方はそれほど難しいものではありません。
100に対して金利1%と金利0.5%の国債があり、どちらもリスクは同じで1年後に償還されるのであれば、誰でも1%の方を買います。市場原理に則ると、0.5%の債券は100ではなく95など価格を下げて売ろうとします。つまり、債券価格は下落するのです。その後、金利が0.2%に下がったとします。償還期間が同じで1%のものは市場からなくなっていたとすると、0.5%の債券価格は上昇し、0.2%の債券は価格が下がります。これが金利が下がると債券価格が上がるという基本的な考え方です。
金利が限りなくゼロに近づいた場合、債券価格は高止まりします。100の資産は長期保有していたとしても100のままです。投資家は資金を眠らせることを嫌います。そうすると、株式など他のリスク資産を購入するようになるのです。株が買われるようになれば、株価は上昇します。
金融緩和に出遅れた日本
日本は不況に陥った後もしばらく緩和策をとりませんでした。これは当時の日本銀行が金融緩和を実施することに後ろ向きで、インフレを過度に恐れていたことが原因です。その代償として長期に渡るデフレに陥り、世界経済に取り残される結果となりました。今の日本は欧米の金融関係者からジャパニフィケーションと呼ばれる低成長、低インフレ、低金利に絡めとられています。この状態をそう簡単に抜け出すことはできず、長期化するだろうという見方が大半です。
テーパリングのような引き締め策を、この時点で実施することは現実的ではありません。しかし、どこかのタイミングでやらなければならないことも事実です。投資の基本は分散であり、早いうちに債券や不動産、金などへとポートフォリオを広げることが重要です。最近は投資信託が拡充し、現物資産を保有する必要がなくなりました。安全性も高い投資信託で分散することをおすすめします。