ドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』制作秘話や与えた影響
Aventure編集部
ドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』は1982年に発売された名作です。スティーリー・ダンの解散後に制作されたフェイゲン初のソロアルバムです。この記事ではフェイゲンの人物像を追いながら『ナイトフライ』の解説をしていきます。彼がどういった想いでアルバムを作ったのか、そして彼の作ったアルバムが現在に至るまでどのような影響を与えているのかをみていきましょう。
ドナルド・フェイゲンを大解説
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ドナルド・フェイゲンはアメリカ出身のミュージシャンです。ここではドナルド・フェイゲンの人物像やスティーリー・ダンに関しても紹介していきます。
ドナルド・フェイゲンの人物像
ドナルド・フェイゲンは1948年にアメリカのニュージャージーで生まれました。1958年にニュージャージーのFair Lawnという場所へ引っ越しをします。この幼少期の経験が、彼が後にリリースする『ナイトフライ』の制作にインスピレーションを与えました。
1950年後半、フェイゲンはR&Bに関心を持っていましたが、1960年にいとこからジャズを紹介されてからはジャズの魅力にはまっていきました。その熱狂ぶりは1人でバスに乗りマンハッタンまでジャズを聴きにいくほどでした。
フェイゲンは1965年にニューヨークのバード大学に通い始め、そこでウォルター・ベッカーに出会います。気の合った2人はスティーリー・ダンというグループ名で活動を始めることとなりました。
スティーリー・ダンというグループ
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スティーリー・ダンは1972年に『Can’t Buy A Thrill』というアルバムでデビューしました。当時のメンバーはフェイゲンとベッカーに加え、ギタリストのジェフ・バクスターとデニー・ディアス、ドラムスのジム・ホルダー、そしてヴォーカルのデイヴィッド・パーマーが所属していました。しかし、次第にフェイゲンとベッカーを除くメンバーは脱退していきました。
1977年には『Aja』を発売し、1978年のグラミー賞ではノン・クラシカル部門で最優秀賞を受賞しています。『Aja』はスティーリー・ダンの代表作となり、グループの名を世に知らしめました。しかし『Aja』発売後の世間からのプレッシャーと、ウォルター・ベッカーの薬物中毒事件をきっかけにスティーリー・ダンは1981年に活動休止することとなりました。
解散後のドナルド・フェイゲン
スティーリー・ダンの活動休止後、ドナルド・フェイゲンはすぐにソロ活動を始めました。ソロ活動を始めてから『ナイトフライ』を含む合計4作のオリジナルアルバムを発売しています。
1枚目のアルバムである『ナイトフライ』が発売されたのは活動休止から約1年後のことでした。2作目のアルバム『カマキリアド』では、ウォルター・ベッカーが制作に関わりました。それをきっかけにスティーリー・ダンは活動を再開し、2017年にウォルター・ベッカーが亡くなるまで2人で活動を続けました。
それ以降もドナルド・フェイゲンはスティーリー・ダンとして活動を続けています。
『ナイトフライ』という名アルバム
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『ナイトフライ』は、1982年に発売されたアルバムです。発売から何十年も経った今も、人々から愛され続けています。ここからは『ナイトフライ』の魅力や歴史に関して詳しく解説していきましょう。
アルバムが作られた過程
スティーリー・ダンで活躍してきたドナルド・フェイゲは、1981年のグループ活動休止からわずか1年ほどで自身初のソロアルバム『ナイトフライ』を発売しました。この作品には合計8曲が収録されています。
『ナイトフライ』は、1950年〜1960年代のアメリカの東海岸側に住む少年の夢を描くように作られました。それはまるでフェイゲン自身の少年時代を表現しているかのようです。ニューヨークという大都会に憧れを持つ少年と、当時の世界状況を描いています。
実は『ナイトフライ』は、「スティーリー・ダンを少し皮肉るように作った」とフェイゲンは語っています。スティーリー・ダンの時とは違うように、自分らしく楽しい音楽を作りたかったそうです。
『ナイトフライ』の豪華制作陣
『ナイトフライ』は、1981年にロサンゼルスのThe Village Recorderというスタジオで制作が始まりました。制作にはスティーリー・ダン時代からの制作陣が参加しました。スティーリー・ダンの名作『Aja』のプロデューサーであるゲイリー・カッツがプロデューサーとして参加したほか、ラリー・カールトンやスティーブ・ジョーダンなどの豪華メンバーが制作に関わりました。
『ナイトフライ』がスティーリー・ダンの延長線上にある作品として語られることが少なくないのは、スティーリー・ダン時代の制作陣が関わっていたことが要因の一つなのかもしれません。
こだわった音質
フェイゲンは、音質にこだわりを持って『ナイトフライ』の制作に挑みました。1980年代はデジタル・レコーディング時代に突入したばかりで、フェイゲンはデジタルレコーディングに興味を示したのです。
実はスティーリー・ダンの最後のアルバム『Gaucho』でもデジタルレコーディングは取り入れられていました。しかし、収録曲の全てがデジタルレコーディングで録音されたのは、フェイゲンにとって『ナイトフライ』が初めての作品だったのです。
ラジオに対する憧れを描いたジャケット
フェイゲンは幼少期からラジオをよく聴いていました。そのためラジオに対する憧れが強いのか、『ナイトフライ』のアルバムのジャケット写真は、ラジオのパーソナリティの姿が写されています。
写真の中の時計は4時9分をさしており、フェイゲンは右手に煙草を持ち、左手はマイクを持っています。これはかつてフェイゲン自身が聴いていた深夜から早朝にかけてのラジオスタジオを表現しているようにも思えます。
テーブルの上にはレコードプレイヤーのほかに、1958年に発売されたソニー・ロリンズの『コンテンポラリーリーダーズ』のレコードが添えられています。2015年にドナルド・フェイゲンはローリングストーン紙に「ソニー・ロリンズは小さい頃からずっと好きだった」と語っています。
ジャケット写真のアートディレクターはジョージ・デルメリコで、撮影はジョージ・ハミルトンが担当しました。このアルバムジャケットは数多くの作品にオマージュされており、国内では桑田佳祐が2007年に発売された雑誌『SWITCH』でジャケットデザインをパロディーしたことが知られています。
『ナイトフライ』が与えた影響
『ナイトフライ』は、発売後アメリカのチャートで11位、イギリスのチャートでは44位、そして日本のチャートでは31位にランクインしました。音楽チャート的に見ると決して高いランクではありませんが、現代に至るまでロングヒットした作品です。
デジタルレコーディングを用いた音源は、数々の音楽愛好家に影響を与えました。楽曲のレベルの高さや素晴らしい録音技法によって、当時の音楽シーンでは非常に音の良い音源と評価されていました。そのため、PAスタッフが機材のセッティング時に流すリファレンス音源としても使用されたのです。
ライブ盤の発売
『ナイトフライ』は、2021年9月にライブ盤が発売されました。ニューヨークのビーコン・シアターやフィラデルフィアのザ・メットで行われたライブが収録されています。
スタジオアルバムとはまた異なった雰囲気が楽しめる音源ですので、気になる方はぜひ手にとってみてください。
『ナイトフライ』の収録曲紹介
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フェイゲンの代表作として長年愛されている『ナイトフライ』の中から『I.G.Y』『New Frontier』『The Nightfly』の3曲を紹介していきます。
『I.G.Y.』
『I.G.Y』は、アルバムの1曲目に収録されている曲です。フェイゲンの作品と知らずに、聴いたことがある方も多いのではないでしょうか。
IGYとは、International Gyophysical Year(国際地球観測年)の頭文字を表しています。IGYは1957年〜1958年にかけて気象学や太陽などの観測を行った国際的な化学研究プロジェクトです。
『I.G.Y.』の歌詞には、近未来を想像させるユーモアが含まれています。海中電車でニューヨークからパリまで90分で行けるという歌詞の描写は、恐らく50年代のフェイゲン少年をワクワクさせたことでしょう。
『New Frontier』
「ニューフロンティア」とは、1960年にアメリカの当時の大統領ジョン・F・ケネディーが唱えた政策です。この政策では、人種差別や貧困問題を解決することに取り組みました。
『New Frontier』はアルバム内で唯一MVが作られました。実際のMVには核シェルターや核爆弾の描写があります。ニューフロンティア政策が設けられた1960年代のアメリカと旧ソ連の冷戦を描いているようです。
アニメと実写の融合でポップに見えますが、フェイゲンなりに当時の緊張感を皮肉ったジョークのようにも感じられます。
『The Nightfly』
『The Nightfly』は本作のタイトルトラックです。幼少期に好きだったロック音楽はいずれか白人の音楽となっていました。フェイゲン少年は、ジャズや黒人音楽、深夜のラジオ番組を聴き始めるようになります。
『The Nightfly』の歌詞には「ラジオ」や「ジャズ」といった言葉が度々登場しているのです。この曲ではフェイゲンが幼少期に好きになった音楽やカルチャーを表現しています。
高音質でハイセンスな名盤『ナイトフライ』
1982年にリリースされた『ナイトフライ』は、ドナルド・フェイゲンの代表作です。都会的で洗練された収録楽曲は、リリースから現在まで多くのリスナーを魅了して止みません。当時の最新技術であったデジタルレコーディングを用いて高音質で収録されていることもこのアルバムの魅力の一つです。
『ナイトフライ』を聴いて気に入った方はフェイゲンの他の作品はもちろん、スティーリー・ダンの作品も手に取ってみてください。