革命を起こしたソロベースアルバム『ジャコ・パトリアスの肖像』の魅力に迫る
Aventure編集部
『ジャコ・パストリアスの肖像』とは、エレクトリック・ベースの開拓者と言われる天才ベーシスト、ジャコ・パストリアスのソロデビューアルバムです。現代音楽のベースプレイに大きな影響を与えたと言われているこのアルバムについて、制作の背景や聴きどころを紹介していきます。
ベースプレイの革命児、ジャコ・パストリアス
ジャコ・パストリアスは、1970年代に活躍したジャズ・ベーシストです。驚異的な演奏技術と革新的なプレイスタイルは世界に大きな衝撃を生み、現代のベースプレイに大きな影響を与えたと言われています。ベーシスト版「ジミヘン」と称されていると言えば、その影響力が分かる方も多いのではないでしょうか。ローリングストーン誌が発表している「偉大なベーシスト」ランキングでも8位という高順位につけています。
ジャコの生い立ち
祖父が軍楽隊のドラマー、父親がジャズドラマーという音楽一家に生まれたジャコは、幼い頃から音楽と深く関わりながら過ごしていたようです。幼少期は聖歌隊に所属し、8歳からドラムを始めます。最初はベースではなく、祖父や父と同じくドラムを始めたのです。
しかし13歳の頃にフットボールで左手首に大きな怪我を負ってしまい、ドラムのプレイが困難になってしまいます。この負傷に加え、当時所属したバンドのベーシストが脱退したことが重なり、ジャコはベーシストに転向します。
ベースを始めたのは15歳でしたが、20代前半にはもうベース講師として人に教えるほどの腕前を持っていました。彼の成長スピードと、非凡な才能がうかがい知れるエピソードです。天才と称されるジャコは、もしもそのままドラムを続けていても、ベース以外の楽器に転向していても大成功を収めていただろうと言われています。
ジャコのプレイスタイル
ジャコがベースの革命児と言われるのは、それまで見られなかった個性的なプレイを多く取り入れていたからです。ミュートを生かしたファンキーなフレージングや高速リフ、ハーモニクスなどがこれに当たります。
ジャコの代名詞、ハーモニクス奏法
ジャコが得意とした画期的な奏法の一つに、ハーモニクスがあります。ハーモニクスとは特定のフレットで弦を押さえることで、本来鳴るはずの音の1オクターブ上の倍音を鳴らす技術です。
ハーモニクスは特殊な奏法であり、アンサンブルの中で使うには汎用性の低い技術ですが、ベースをアンサンブルの花形として演奏する彼のプレイには必要不可欠でした。
トレードマークとなったフレットレスベース
ジャコはフレットレスベースと呼ばれる、エレクトリックベースとしては特殊な仕様のベースを愛用していたことで知られています。フレットレスベースとは、指板上に設置されているフレットがないモデルのことを指します。フレットがないことによって細かいニュアンスまで表現できるようになる一方、演奏には高い技術が要求されます。
エレクトリックのフレットレスベースはジャコが使用していたことにより広く認知され、現在でもフレットレスベースでのプレイに憧れを持つベーシストは後を絶ちません。
栄光からの転落、早すぎる死
24歳にして鮮烈なソロデビューを飾った同年、ジャコはウェザー・リポートというバンドに加入し、活躍の場を大きく広げます。ジャコの加入によりグレードアップしたウェザーリポートは、黄金時代を迎えます。
しかしウェザーリポート在籍時からドラッグを使用し、徐々に生活が荒れ始めてしまいました。ソロ活動に専念するためウェザー・リポートを脱退したころには、ジャコの生活と精神状態は本格的に悪化してしまいます。
コカイン中毒や躁鬱症に悩まされ、家を追い出されて路上生活をするようになってからは奇行も目立つようになり、理解者は減っていきました。
最期は酒に酔って絡んだ警備員に大怪我を負わされ、そのまま意識が戻らず死に至ります。34歳という若さでこの世を去るまで、輝かしい功績を残していきました。
衝撃のソロデビューアルバム、『ジャコ・パストリアスの肖像』
『ジャコ・パストリアスの肖像』は、1976年にリリースされた彼のソロデビューアルバムです。
ジャコ自身が作曲した曲や他の作曲家が手がけた曲、ベースソロの曲やボーカルがある曲など、バラエティ豊かな曲が収録されています。しかしどの曲もジャコのベースが中心にあり、聴き応えは抜群です。
ハーモニクスや速弾きなど、高い技術と独創性を有する演奏が収録されており、ベースプレイの新たな可能性を示した作品と言われています。
プロデューサーとの運命的な出会い
バンドのベーシストや他アーティストのサポートプレイヤーとして活動していたジャコがソロアルバムを制作することになったきっかけは、『ジャコ・パストリアスの肖像』のプロデューサーとなるボビー・コロンビーとの出会いでした。
ジャコは当時、音楽仲間であったパット・メセニーのアルバム制作に携わるなどベーシストとしての活動を積極的に行っており、ライブハウスへ頻繁に出入りしていました。
一方ボビーも当時自身のバンドで活動する傍ら、レコード会社の新人発掘などに関わるA&Rという職務についていました。そんな業務の一環として訪れていたライブハウスで偶然ジャコの演奏を目にしたボビーはジャコの演奏に惚れ込み、彼にソロアルバムの制作を提案し、自らプロデュースを名乗り出ました。
2人を巡りあわせたのはジャコの妻
彼らが出会ったライブハウスでは当時のジャコの妻であったトレイシーという女性がスタッフとして働いていました。ボビーは彼女をナンパしたところ、人妻であることを告げられ、夫として紹介されたのが他ならぬジャコ・パストリアスだったという逸話があります。
初めはトレイシーに関心があったボビーですが、ジャコの演奏を見た瞬間から彼に夢中になってしまったそうです。
制作に関わった有名アーティスト達
ボビー・コロンビーの発案で制作がスタートした『ジャコ・パストリアスの肖像』には、ピアニストで作曲家のハービー・ハンコックやチャーリー・パーカー、R&B界の大物ボーカリスト・サム&デイブなど、ジャズ以外にも様々なジャンルで活躍する有名アーティストが協力しました。
新人ベーシストのソロアルバムとしては考えられないほどに豪華な顔ぶれが集まったのは、ジャコの類い稀なる才能とボビーの本気の取り組みが認められていたからに他なりません。
『ジャコ・パストリアスの肖像』の聴きどころを紹介
ここからは『ジャコ・パストリアスの肖像』の収録曲から3曲をピックアップして、その聴きどころを紹介していきます。
ジャコのテクニックが詰まった名演『Donna Lee』
『Donna Lee』は、チャーリー・パーカーが作曲した有名曲のカバーです。もとはピアノや管楽器を用いたメロディアスなナンバーですが、このアルバムではジャコのベースと最低限のリズムビートだけの構成でアレンジされています。
もともとの速いBPMも相まって、ジャコも惜しみない速弾きを披露しています。原曲と聴き比べることでその再現度と表情の違いが感じられてより深く味わえるでしょう。
ハーモニクスでメロディを作る『Portrait of Tracy』
ジャコが得意とするハーモニクス奏法が何度も使われている曲です。バラードのようなしっとりとした曲調が印象的で、ベースのみの演奏とは思えない表情豊かなナンバーです。
『Portrait of Tracy』という曲名を和訳すると『トレイシーの肖像』となります。トレイシーと言えば、先ほど紹介したジャコの当時の妻の名前が思い当たります。歌詞などはないため真意は不明ですが、彼女のことを思って作曲された曲だと考えられます。そう考えると、しっとりとした曲調によりエモーショナルな意味合いを感じ取れます。
ジャズ初心者でも聴きやすい『Come On, Come Over』
ベース以外の楽器やボーカルも収録されている曲です。ボーカルを担当しているのはサム&デイブという人物で、R&Bシーンの大物です。サム&デイブの歌声もあってか、ジャズらしさとR&Bらしさが見事にマッチしています。
そんな中でもイントロから鳴るメインのフレーズではジャコのベースが目立っています。ジャズやインスト曲に馴染みのない方でも聴きやすい一曲ではないでしょうか。
ベーシスト以外にも聴いてほしい名盤『ジャコ・パストリアスの肖像』
『ジャコ・パストリアスの肖像』の制作秘話や魅力について紹介してきました。ジャコ・パストリアスが活躍したジャズという音楽ジャンルに止まらず、現代のエレクトリックベースの全てのプレイに影響を与えたと言われる傑作です。
縁の下の力持ちではなく、アンサンブルの主役としてベースが音を鳴らしている様子は非常に新鮮で魅力的です。ベーシスト以外の方にも、ぜひ手に取って欲しい作品です。